ライフマネジメントゼミでは、ライフデザインの理念を空間として象徴しているような古民家カフェを訪れ、オーナーの思い、インテリアへのこだわり、食への配慮、地域とのかかわりなどを尋ねるプロジェクトを開始しました。
そのシリーズ第5報をお届けいたします。
♦喫茶トンボロ(東京都神楽坂)♦
今回訪れたのは、東京都新宿区神楽坂にある古民家カフェ「トンボロ」さんです。
大通りから一本入った裏通りにある隠れ家的カフェです。昔懐かしい雰囲気とコーヒーの香りが漂う店内は心が安らぎます。
当初設計事務所だった建物を設計士である店主が改築し、古民家カフェとして経営をスタートしました。店主の平岡さんに設計上のこだわりやカフェの運営上大切にしていることなどをインタビューしました。
●「トンボロ」という名前の由来は?
ちょうどカフェを始めようとしていた時期に、イタリアのトンボロ現象をテレビで見たことがきっかけです。トンボロ現象とは干潮時に海に陸が出現することです。
●お店のコンセプトは?
トンボロ現象が起こった時に沢山の小さい生物が集まってくるように、カフェにもたくさんの人が集まってくる憩いの場になってほしいと言う思いを込めています。また、「過去から未来まで長期的にスローな時間が流れるカフェ」をコンセプトとして、ゆっくりと経営しています。
●お店の客層は?
20数年前は芸者さんも来ていました。現在は地元の人たちや、神楽坂に仕事に来た人などが、また幅広い年代の人々が多く来店しています。
●設計上のこだわりは?
一番のこだわりは勝手口を作ったことです。勝手口があることによって、客ではない地元の人も気軽にコミュニケーションが取れるところが魅力です。ミカンを届けてくれたり、何かのお裾分けをしてくれたりすることもあります。
また店舗では、カウンター内部のフロアの高さを一段下げることで、お客さんを上から見下ろす形にならないように工夫しました。これによって、お客さんとコミュニケーションをとりやすくなりました。
●店内はどのような空間をイメージしたのか?
子供時代を思い出す、昭和の風情を感じる空間をイメージして作りました。また、心地よい音量でBGMをかけることによって、緊張感をなくし、リラックスした空間になるようにしています。
●店内の照明や家具などのこだわりは?
照明は、眩しいLED照明ではなく、オレンジ色の照明を使うことで落ち着いた空間を作りました。テーブルやベンチはケヤキの木を使い、カウンターはブビンガというカリン系の木を使用しています。これらの「経年美化」*する木を使っていることで、趣のある空間を作り出せるように演出しています。
*「経年美化」とは、無垢の木材や石材のように、時間が経つにつれて美しさが劣化するのではなく、却って味わいが増し、美的価値が高まる状態をいう。
●メニューのこだわりは?
メニューはホットケーキやサンドイッチなどの昔から食べられているものが主体となっています。コーヒーを主役にして、それに合わせた食べ物を提供しています。コーヒー豆は鮮度を保つため、まとめて発注するのではなく週に1回と細かく発注しています。
●この場所にカフェをつくろうとしたきっかけは?
母が経営していた小料理店と以前私が勤めていた設計事務所が神田にあったため、20代の頃から神田・神楽坂付近の町には親しみがありました。そして30歳で独立し、この場所で建築事務所を営み、その上を住宅としていました。約20年前、隣にあった写植工房が閉鎖されるということで、建物の1階部分をカフェ・分室に改築して、以前からやりたいと思っていた喫茶店を始めました。
●地域とのつながりは?
分室をイベントスペースとして利用し、落語・朗読会、神楽坂のランドスケープや都市計画について学んでいる大学生の卒論発表会など、文化的な活動の場として貸し出しています。
●喫茶トンボロと分室の使い分けは?
普段は息子夫婦が若者向けにカフェを経営しています。「喫茶トンボロ」から間仕切り壁をくり抜いた空間を通して、分室との間を行き来できるようにすることで、お互いの気配を感じながらも別空間としてそれぞれの経営をしています。また、分室は、イベントスペースとして使いたいと予約があった場合は貸し出しを行っています。
●インタビューを終えて
喫茶トンボロは、ライフデザイン学科の理念に近しい考え方を持って設立され、運営されていることがわかりました。無垢材など、自然素材を使った家具を店内に設置し、その落ち着いた雰囲気や経年変化を楽しんでいるところに「自然的豊かさ」や、「文化的豊かさ」を感じました。また、勝手口を通しての地元の方々との交流を大事にされていることは、「社会的豊かさ」に通ずるものがあると考えました。そして何より、長期的な持続性を考えてスローでいこうという姿勢が、ライフデザインの実践そのものだと感じました。
神楽坂という、和と洋が融合した美しい景観が保たれている特別な場所で特別な思いを持って作られた喫茶トンボロは、他の古民家カフェとは一風変わった雰囲気を纏っていました。こうした昔ながらの居心地の良い喫茶店は少なくなっているので、ぜひ永く続いてほしいと思いました。
皆さんも、まったりとした時間と空間を味わいに、「喫茶トンボロ」に出かけてみませんか。
聞き手:伊藤・岩田・倉島
訪問日:2021年10月22日